デイヴィッド・リンチ

『美術手帳』の10月号は、デイヴィッド・リンチの特集が、パリのカルティエ美術館で行われている個展を中心に、組まれている。そこには、彼による絵画と写真(というか写真の加工)のいくつかも掲載されている。フランシス・ベーコンを連想させるような絵画と写真の結びつき、とりわけ溶け出していくような形象(ただし朧でほの暗く、また肖像とは言いがたい)については、今回掲載されている作品からも確認できる。
リンチの絵画については、かつて1991年の1月から2月にかけて東高美術館(かつて表参道交差点に存在していた)にて行われた個展で、目にしたことがある。その際の図録*1をあらためて見直してみると、その作品の多くは、暗闇の中にぼんやりとした形とも言えない何かが朧気に浮かんでいる。そうした何かについては、同定はできないもののなんらかの輪郭を具えた物体(『イレイザー・ヘッド』のあのかわいい生き物のような)である場合もあるが、ほとんどの場合が錯覚とも判別つかない何かだ。ただ感覚が作り出しただけの形象とも言えそうだ。ちなみにそうした形象は、当時の映画作品でも視覚的だけでなく聴覚的にも具現されていたように思う。
乱暴に言えば、現在の作品はこうした表現の連続線上にあるように思われる。また、加工写真においてもこうした主題が形を変えて展開されているように思われる。ある写真を見つめていると、感覚器の機構のためか見る者の欲望のためか判然としないが、奇妙な形象が浮かんでくることがある。素朴に言ってしまえば、こうした経験が写真の上に具現されているように思った。

デビッド・リンチ―PAINTINGS & DRAWINGS (A TREVILLE BOOK)

デビッド・リンチ―PAINTINGS & DRAWINGS (A TREVILLE BOOK)

*1:上記。中古で1000円からで、最高額は6000円とのこと。しかし6000円は高すぎる。