Robin O. Andreasen

このところ、Robin O. Andreasenによる科学的人種概念についての論文を読んできた。彼女の主張の基本は、人間の繁殖集団についての単系統群として生物学的人種概念を定義し直すことができる、というものである。そのうえでいくつかの含意が引き出されたり、批判に対応したりしている。
なかでもとりわけ焦点になっているのは、常識的人種概念との関係である。上記のような定義は、内包的にも外延的にも、常識的人種概念(たとえば類型としての人種)とは一致しない。このような定義を人種という語に適用することの妥当性が、たとえばZackなどによって問われていた*1
こういった批判に対してはAndreasenはさまざまでまた時に相矛盾するような反論を述べていく。たとえば、ちょうど科学的人種概念が常識的人種概念と一致していなければならない理由はない、と述べていく。彼女がおこなっているのは、常識的人種概念に科学的根拠を与えることではなく、系統にもとづいた科学的な人種概念を提示することなのだ、ということなのだろう。それゆえ、両者の間の不一致は問題にならないし、常識的な意味での人種は社会的構築物である他方で、科学的人種概念はかつては実在であった、ということもできるということになるのだろう。
とはいえいろいろと腑に落ちない点がある。第一に、著者も触れているところだが、そもそも常識的人種概念と一口に言うが、そんなものがどこにあるのか・またどのようなものなのかよくわからない。したがってよくわからないものと対比することの意味がどこにあるのか疑問となる。第二に、人種という語にこのような定義をあらためて付与することの意義がなんなのか、言いかえればなぜまた(まだ)人種という語を使いつづけるのかが、よくわからない。その他、このような概念の問題とは別に、人間の集団の進化について分岐モデルが適用可能かどうかという経験的な側面についての問題指摘もあるのだけれど*2、その辺についての答えも曖昧に濁されているように思う。

  • Andreasen, R. O., 1998, "A new perspective on the race debate," British Journal of Philosophy of Science, 49, 199-225.
  • 2000, "Race: Biological reality or social construct?," Philosophy of Science, 67(Proceedings), S653-666.
  • 2004, "The cladistic race concept: A defense," Biology and Philosophy, 19(3), 425-42.
  • 2005, "The meaning of 'race': Folk conceptions and the new biology of race," The Journal of Philosophy, 102(2), 94-106.
  • 2007, "Biological conceptions of race," Matthen, M. and Christopher Stephens eds., Philosophy of Biology, Elsevier, 455-481.
  • 2008, "The concept of race in medicine," Ruse, M., ed., The Oxford Handbook of Philosophy of Biology, Oxford University Press, 478-503.

*1:Zack, 2002, Philosophy of Scienece and Race, Routledge

*2:たとえばTempleton, A., 1999, Human Races: A Genetic and Evolutionary Perspective, American Anthropologist, 100(3), 632-650.