概念の操作的定義と操作的診断基準

  • 佐藤裕史, German E. Berrios, 2001「操作的診断基準の概念史」『精神医学』43(7), 704-713.

精神医学における操作的診断基準の導入の経緯とその問題をまとめている。
精神医学において操作的診断基準が発表されたのは、1972年のJ. P. フェイナーらの論文で、そののち1980年の第3版以降のDSMに採用されていく。
ちなみに精神医学における操作的診断基準とは、一言でいえば、任意の精神障害の診断をおこなうさいに用いられる、患者の行動(症候)についての基準であり、その基準が一定水準で満たされることによって、障害の診断がなされることになる(一説に「中華レストランメニュー方式」とも言われる)。したがってこのもとにおいては、診断は、症候をもたらす病因のレベルを離れ、観察可能な行動にもとづいて行われることになる(この点は、心にかんする概念を観察可能な行動の記述へと還元した行動主義と同じ考え方である)。
このような操作的診断基準は、その由来を米国の物理学者P. W. ブリッジマンによる、概念の操作的定義にもつという。それによると、たとえば長さなどの概念は測定の実際の手順といった操作をもって定義されることになる。他方、この操作的定義を精神医学に導入する橋渡しをしたのが、C. G. ヘンペルである。ヘンペルは、1959年の精神科診断分類をめぐって米国精神病理学会が開催した国際会議において、精神科の診断分類にこの操作的定義の導入を提案する(そしてこの提案を受けて、上記のような操作的診断基準の導入が進んでいく)。
しかしヘンペルをつうじてこのように導入されることによって、操作的定義の意味が曖昧になってしまったとも著者たちは述べている。具体的にはヘンペルが、概念を定義するのに実際の具体的操作の規定によってそれをするのではなく、たんにその概念を特徴づける属性の列挙に代えてしまった点が、それである。
このようなヘンペルによる短絡を批判するかたちで、著者たちは次のように言う――ブリッジマンの原義における操作的定義を精神科診断に応用するなら、観察、面接などの具体的な診断行為をこそ取りあげて、主観性を排除するためではなく、より精密に把握・記述する方法として操作的定義がなされるべきであった、と。
操作的診断基準の妥当性の問題(概念適用がたんに規約に一致しているというだけにとどまらず実際に存在する疾患を指示しえているのかどうか)は、こうしたところにも起因しているというのが、著者たちの見立てであるようだ。