『精神病と統合失調症の新しい理解』

Cooke, A., ed., 2014, Understanding Psychosis and Schizophrenia, British Psychological Society(国重浩一・バーナード紫訳, 2016, 『精神病と統合失調症の新しい理解:地域ケアとリカバリーを支える心理学』北大路書房)



精神病者への支援のあり方を、疾患を中心にすすめる医学モデルからその社会生活を中心にしたものへと移行させることを強く主張している。そして本書はこの主張を、障害の認識と患者への支援という二つの側面において、展開している。英国の心理学会の報告書の翻訳で、原文は下記からダウンロードできる。以下は、遅まきながらの読書メモ。


まず障害の認識について。患者の支援にとって、精神疾患の診断は二次的な意義しかもたないと本書は見なしている。たとえば統合失調症の「症状」、たとえば「幻聴」や「妄想」、「幻覚」を、本書は体験と表現している。そしてこの体験そのものは、その程度においては多様なものの、いわゆる「精神病患者」に限らずに、また必ずしも耐え難い苦痛としてでなく、体験されていることが述べられる。そのうえで、本書が注目するのは、こうした体験がどのようにして耐え難い苦痛として経験され、異常として認識される振る舞いへと結びついていくのか、である。

この問いに対して本書の示す鍵は、患者の生活とその社会的な状況である。すなわち、患者の社会生活とその中での経験が、これらの体験を耐え難い苦痛として経験させ、また異常として識別される振る舞いへと患者を結びつけていく、ということである。だからと言ってこれらの体験の生物医学的な基盤が否定されるているわけではない。幻聴や幻覚、不安といった体験には、思考と知覚、楽しみと同様、生物医学的な要素が介在している。とはいえ、それらが他ならない耐え難い苦痛や異常として体験されるにあたり、生物医学はじつはレリヴァントではない。こういうことだろう。こうした精神病の捉え方に対応し、本書の提示する支援法も、患者が生きている生活に根ざしたものとなる。障害の認識における生物医学の位置づけと同様、支援においても診断は必ずしも不可欠ではないという認識のもとに、支援方法が論じられていく。

おそらく支援の中心に置かれているのは、患者の認識である。すなわち、患者が自身の状態と生活についてみずから認識を獲得することが、これを支援者とともに共同で形成することが支援の核心をなしている。こうした認識を、本書はフォーミュレーションと呼んでいる。「フォーミュレーションは診断とは異なり、その苦悩の体験がいかに極端、または異常で、抗し難いものであるとしても『あるレベルですべてつじつまが合う』という前提を基盤としている」(72)。このように、患者が自身の困難とそれをもたらす状況について、患者自身が理解を得ることがフォーミュレーションの目的であり、したがって支援の中心もこの形成の支援となる。

この結果、従来の精神医学的診断は、患者支援にあたってはさほど重要性を持たなくなるだろう。「メンタルヘルスにおける診断とは、これまでに述べたように、体験の説明ではなくじつは分類の過程であるために、その意味においての診断の有用性には疑問が呈されているのだ」(73)。このように、フォーミュレーションは、その性質上、精神医学的診断と同じ水準において成立しており、したがって前者にとって代わられうることになる。

さて、こうした支援においてもうひとつ重要な要素となるのは、患者にとっての友人や家族、ピア関係である。患者を支援するために、支援者は家族と友人関係と協力的関係を作り、さらにはこれらと定期的にミーティングを行うことの重要性が指摘される(たとえば患者家族との関係を本書は「家族介入」とよんでいる(84))。そこでは、当事者の状況についての共通理解の形成や、当事者についての認識転換の支援、患者と家族関係についての洞察の促しなどが目的であるという。こうした患者の生活と社会関係を焦点をあてた支援にとって、従来の中心をなしてきた薬物療法は、その意義を限定されたうえで必要な一方法として、位置づけ直されるていくことになる。


精神病と統合失調症の新しい理解:地域ケアとリカバリーを支える心理学

精神病と統合失調症の新しい理解:地域ケアとリカバリーを支える心理学