Hacking, 2015
- Hacking, Ian, 2015, "On the ration of science to activism in the shaping of autism," Kendler, K. S. & J. Parnas, eds., Philosophical Issues in Psychiatry III: The Nature and Sources of Historical Change, Oxford U. P., 326-339.
この論文でハッキングは、自閉症という人間とその生活様式にかかわる種類の出現とその普及について、"p-c-a"(personally-connected to an autistic personの略語で、おもに自閉症をもつ人びとの家族を指しているが、その極には自閉症をもつ人自身がいる)による貢献の大きさに注目している。すこし誇張が入っているのかもしれないけれど、自閉症という種類の形成(shapingであって、makingではない)にあたっての科学とp-c-aの活動との貢献度の比率は1対99である、とまで彼は述べている*1。
自閉症の概念とその科学的研究に対するこうしたスタンスは、C. シルヴァーマンやG. イヤルらの論点とほぼ軌を一にするもので、とくに目新しい論点はない。というよりも、この人たちの議論とハッキングの議論とを引き離すことは難しく、こうした議論のきわめて簡潔な要約となっていると言ってよいかもしれない。
ただし、その流れで最後に提示される仮説になると、話は別である。上に触れた自閉症という種類の形成に対するp-c-aによる貢献が、この人びとに遺伝的に分け持たれている目的志向的・システム化的特徴(S. バロン=コーヘンによる、極度な男性型脳の仮説)のおかげである、とまで結論部分で述べられているのだ。振り返ってみるに、"p-c-a"という新手の概念というか略語をハッキングがあえて出してきた訳も、この辺りにあるのかもしれない。ここでは、こうした呼称で呼びうる人びとに共通する上記の属性が想定されており、この属性のおかげで自閉症者やその家族による活動(権利主張や科学研究)が大きな成功を収めてきた、ということなのだろう。
たしかにもっともらしい話ではある。けれどもこれでは歴史的・社会的状況を極端に捨象した個体主義的な仮説となってしまっており、彼の議論を踏まえその歴史的・社会的細部を埋めるべく展開されてきたシルヴァーマンらによる成果を水に流してしまうような効果すら持ちかねない点で、いくぶん心配にすらなってくる。とはいえ、こうしたラフな眉唾もののコメントはいつものこと、と片付けておくのがよいのかもしれない。
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*1:ちなみに、こうした誇張についてはこの論文に続くK. ケンドラーによるコメントにおいて諌められているのだけれど。